06:転校生はアイドル




窓という窓を黒いスモークで覆った、いかにも怪しげなバンが音も立てずに止まる。
時刻は朝。高校の校門前という場所のため、たくさんの学生達がじろじろと眺めながら通っていく。
外からだと真っ黒で中の様子は完全に遮断されているが、実は中の人間からは外が見えてたりする。マジックミラーみたいな感じだ。だから、校門に消えていく学生達は、訝しげな顔を隠そうともしない。これはもう、完全に、不審者だと思われてる。
車の中から、様子を伺っていた夜天は大きくため息をついた。
「ねぇ・・・ホントに、やるの?」
「当たり前だろ?なんのために来たと思ってるんだよ。わざわざ制服まで作ったってのに」
「セーヤだけで通えばいいじゃない。言い出しっぺなんだからさ。僕はこういう騒がしいのはキライなんだよ」
「いまさらなに言ってんだよ。ずっと文句ばっか言いやがって、一度「うん」って言ったんだから「やっぱやめ」はナシ」
「僕はずっとヤだって言ってたよ。それをセーヤが勝手にさくさく話すすめたんじゃん」
「大気だって賛成してくれてたじゃねーか」
「だから、二人だけで実行したらいいじゃない。どうして僕まで巻き込まれるんだよ」
「いい加減にしなさい二人とも」
ぴしゃりと大気が、言い争う俺達に一喝した。
それでも夜天は「でも」と言い募る。
「僕らが学校に通ったって意味ないよ。ただでさえ仕事で忙しいのに、時間がよけいにとられちゃうだけじゃないか」
時間もないのに、とぶつくさ呟く。大気は冷静に「効率をあげるためです」と諭す。
「この街にいるとわかった以上、より的を絞った情報の集め方をしなくてはなりません。それならば、私たちがここにいてもおかしくない理由が必要です。学生という身分は恰好の隠れ蓑です。そして、何百人という人間が集まっているということは、それだけ情報も集まるということ」
「わざわざ外で聞き回らなくたって、勝手に耳に入ってくるってことさ」
我が威を得たりと得意気になる俺を、夜天は睨むが、「わかったよ」と諦めた顔で呟いた。
「だけど、情報収集は二人でやってよ。僕は積極的に人に関わりたくはないんだ」
「わかりました。あなたはあなたのしたいようにしなさい」
それが夜天の精一杯の譲歩だとわかっているから、大気も強要はしなかった。ひとまずは、人の中に身を置くことが先決だと判断しているようだ。


「さあ、時間です。いきましょう」


ドアをスライドさせて降り立つと、キツい日差しに思わず手を額にかざした。目を細めた視界の中でも、ギャラリーの表情がはっきりとわかる。
まず、不審。そして、俺の次に大気、夜天と降りていき、変装もなにもしていない俺達が3人揃ったところで、とまどいから驚愕へ目を見開いた。主に女子生徒が。
「う、うそ・・・なんで・・?」
「撮影とかじゃなくて?」
「やだ、本物!?」
ざわざわと周囲が騒ぎ出したので、これ以上大きくならないうちに進もうと校門に入ろうとしたとき、ひときわ大きな悲鳴が俺達の足を止めた。
「きゃ−−−!!!うっそイヤ−−−!!あの噂やっぱり本物だったのぉ!?やだラッキィ!!」
だだだ、と走り寄ってきた、セーラー服姿の長髪の女の子が目をキラキラさせて近寄ってきた。
「はじめましてっ!ファンクラブ会員ナンバー番の愛野美奈子です!スリーライツさんと同じ学校に通えるなんて運命感じてます!あ、ちなみにクラスはどこですか?もしかして同じクラスだったりして!?」
怒濤の勢いで喋りだした彼女に、思わず後ずさると、横から別の声がした。
「ちょ、ちょっと美奈子ちゃん、急にどうしちゃったのよ〜」
「どうしたもこうしたもないわよっ!!あのスリーライツが目の前にいるのよ!?」
「え?」
ばっとこちらに顔を向けた、愛野美奈子の友人らしき女子の顔を見て、

「「あー!!」」

俺と、おだんご頭の少女は同時に、お互いを指差して叫んだ。







「星野光です。よろしく」
「夜天光。よろしく」
「大気光です。よろしくお願い致します」
ざわざわとした教室の中、自己紹介をした俺達を、教師もどうしたらいいのかいまだに掴みかねてるようで、「し、静かにしてください」と生徒を注意するけども、収まる気配はなし。 それはそうだよな、と思う。

なにせスリーライツが三人揃って同じクラスに転入だ。

まさか全員同じクラスになるとは予想外だったけど、たぶん、大気がなにか手を回したんだと思う。そういうところは抜け目がないヤツだ。
「空いてる席、僕たちのでしょ。もう座っていいよね」
いつまでも注目の的でい続けるのに、辟易した夜天が先生の返事を聞かないまま勝手にずかずか教壇を降りる。
「では、私も」
大気も続く。必然的に、俺は残った席に着くことになる。
縁があるというか、なんというのか。ここ数日で覚えてしまった顔を見つけて、驚くことにも慣れてしまった。
金色の髪のお姫様が、ぶすっとした顔で頬杖をついていた。
「よ、おだんご。お前よっぽど俺と縁があるんだな。後ろの席、座らせてもらうぜ」
「勝手にすれば」
じと、とした目で睨みつける。
さっき校門で会ったときに、「また逢ったな」と手を振った俺に、不審者を見る目で「…あんたストーカーなの?」と言われた時は、さすがに参った。

(俺がスリーライツだって言ってんのに、全然信じてくれないんだよなー)

愛野って子に散々説明されて、ようやく信じてくれたけど。それでも俺を見る目は変わってなくて、「ふーんそうなんだ」とあっけらかんとしていた。
(普通、もっとリアクションがあってもいいと思うんだけど)
そんなことを考えてると、隣からクラスメイトの男が声をかけてきた。
「星野くん、まだ教科書持ってないよね?机、くっつけた方がいい?」
「ああ、助かる。これから隣の席、よろしくな。えっと…」
「穂高だよ。穂高あきら。よろしくね、星野くん」
「穂高ね、オッケー。あと、呼び捨てでいーよ。なんかむず痒いから」
「そう?うーん、でもなんかアイドルを呼び捨てって気が引けるな」
でも折角そう言ってくれたから、星野って呼ぶねと、穂高はほわんと笑った。
細いフレームの眼鏡をかけて、穏やかな空気を纏った少年だった。短い黒髪に、学ランもきっちり襟元をしめて、アクセサリー類もざっと見た感じ身に着けてない。いかにも優等生。
悪い言い方をすれば、地味な印象。
だけど、いいヤツだというのは初対面でもわかる。
好奇心を秘めた目で、じっと俺の顔を見てくるので、「なに?」と訊くと。
「ううん。雰囲気がずいぶん他の人と違うから、ちょっとね。やっぱり芸能人だね。他の二人も、君と同じ感じがする」
「そっか?」
いわゆる『芸能人オーラ』っていうやつだろうか。自分ではわからないが、まあ、そんなもんなのかもしれない。だって芸能人だし。
なにがそんなに嬉しいのか、穂高はにこにこしながら、話しかけてくる。
「ね、スリーライツがどうしてこの学校に転入してきたか訊いてもいい?」
以外に物怖じしないヤツだった。普通、アイドルと向き合うともじもじしたりするもんだと思うけど、穂高はまったく変わらない。とても好奇心旺盛な男なようだ。変に遠慮されるより、こっちの方が俺は楽で好印象だ。
「べつに隠すようなことでもねーから、いいよ。ただ単に、この辺に引っ越してきて、前通ってた学校が遠くなったから転入したってだけだぜ」
「そうなんだ。一緒に住んでるって話ほんとなんだね」
「ああ、うん。よく知ってるな、そんなこと」
「幼馴染がスリーライツのファンだったんだ」
「なるほど」
他愛も無い会話をしていたのはほんの少しの時間で、すぐに教師が教室に入ってきて授業が始まった。俺はまだ教科書が無いから、横から穂高のを見させてもらう。
さすがに転校して一番初めの授業は真面目に受けようと思うんだけど、どうしても気が散ってしまった。身体に突き刺さる、主に女子からの視線が、やっぱり気になって仕方がない。そんな俺の様子を、穂高は楽しそうに眺めてる。
「すっごい見られてるね」
「うん…見られてるな」
「でも、慣れてるんじゃないの?こういうの。」
「うー…いや、外とかだとさ、歩いてたりとか、振り切ったりする方法とか色々あるけどさ、こんな風にじっとしてる中で見られるのは、さすがにしんどいかな」
と、声を潜めて穂高と話しているとき、ぽんと頭に何かが当たった。
不思議に思って手を当てると、小さく折りたたまれた紙だった。俺宛か?と思いながら、開けてみると、デカデカと中心にこう書いてあった。


『じいしきかじょうなんじゃないの』


むか。

まるっこい文字で書かれてるのが更に腹立たしい。
「…おだんご、お前だろ」
「あ〜らなんのことかしら」
口笛を吹くマネをしながら、とぼける。じろり、と俺は後ろを振り返った犯人と向き合う。
「あのな、俺くらいのイイオトコだと、女の子たちが夢中になるのは当然なの。お前がおかしいんじゃねーの?視力大丈夫?あ、それともB専?」
「だ、だれがB専よ!」
「それじゃ仕方がねーよな。好みは人それぞれだもんな」
「勝手なこと言ってんじゃないわよ!あんたなんかよりまもちゃんの方が100倍かっこいいんだからっ」
「まもちゃん?誰ソレ」
「あたしのダーリンよ」
途端、彼女はうっとりと瞳を閉じた。
「艶やかな黒髪、優しい瞳…なにもかも受け止めてくれるあたたかい腕。まるで王子様みたいにあたしがピンチになったら駆けつけてくれる素敵なひとよ」
「ふーん…」
それが真実かはともかく、彼女が本気でそう思っているのはひしひしと伝わった。
その表情があんまりにも幸せそうで、昔、プリンセスが最愛の人を語るときに、同じように笑っていたのを思い出した。
彼女もそうだった。誇らしげに、愛しげに頬を染めて、身体中から幸せを溢れさせながら笑ってた。本当に愛する人に出逢った女性は、きっとみんなそうなんだろう。
だからおんだごも、本当に彼氏のことが好きなんだと思う。
「…なにわらってんの。変なやつー」
「え…?」
まだ幸せだったあの頃を思い出して、知らない間に、俺は微笑んでたらしい。
驚いて、思わず目をぱちくりしていたら、横から「星野、まえまえ」と穂高が慌てたように呼びかけてきた。前を向くと、教師が唇をひきつらせて俺とおだんごを睨んでいる。
(やっべー…)
いつの間にか声を落とすのも忘れてたせいで、だだ漏れだった。
見渡すと、大気は他人のフリとでもいうように、前だけを見ているし、夜天は「バカじゃないの」と、呆れた顔で俺を見ていた。
はは、と愛想笑いを浮かべて俺は、大人しく前を向いて穂高の教科書をのぞきこむ。教師は満足したのか、講義を再開した。
転校初日は、そんな風にして過ぎていった。








「天気がいいから」という穂高の一言で昼休みは屋上で過ごすことに決まり、お弁当を持った穂高と、なぜかおだんご達数名の女子と、俺は輪になっていた。
理由は至って平凡。俺と穂高が屋上に着いたあと、彼女たちがやってきたので、あれよあれよという間に一緒に食べる流れになってしまった。おだんごの友達の、愛野って子の気迫がそれはもう凄かった。口を挟む隙も許さず、気がつくと俺の横に座ってる。
「ごめんなさい、星野くん。美奈子ちゃんて強引だから驚いたでしょう?」
おっとりした口調で、そう言ったのは、水野。
ぽやんとしてそうに見えるけど、彼女の瞳はとても鋭い。じっと見つめられると、心の中ぜんぶ見透かされてるんじゃないかって思ってしまうくらい、ドキッとする。大気と対峙した時とすこし似てるな、と思った。嘘がつけない雰囲気っていうかさ。あとで聞いたら、十番高校始まって以来の天才少女だっていうんだから、俺の勘も捨てたもんじゃないね。
「やぁだぁー!あみちゃんったら、人聞き悪いわよそれっ あたしはただ転校してきたばっかりで、星野くんが寂しがってると思ったから、こうやってみんなで楽しくランチをしてクラスに早く溶け込めるようにっていうあたしの気持ちよ!」
「ハハ…さんきゅ、愛野」
「いいえどういたしまして!」
ばしーんっと背中を思いっきり叩かれて、思わず呻きそうになった。普通の女子が持つパワーじゃないぞこれ。
「愛野って、さ…なんかスポーツとかやってたりする?もしかして」
「えぇー!やだわかっちゃった!?なんでなんで?やだ、もしかしてあたし汗くさい!?」
スプレー貸してスプレー!とわたわたする愛野に、「違う違う」と慌てて理由を話す。
すると愛野は、取り乱したことに恥ずかしさを覚えたのか、少し顔を赤らめて
「ごっめんねー星野くんっ あたしバレー部だからちょっと力強かったかも。ごめんね痛かった?」
「いや、ぜんぜん。でもそうか、バレー部か」
(そりゃ力もつくわ…)
苦笑いしていると、俺の手元をじーっと見ている視線を感じてそっちを向くと、木野だった。
木野は俺と目が合うと、がばっと音が出そうな勢いで顔を全力で背けた。
「?」
俺はじーっと木野を見つめる。
木野は背けたまま、こっちを見ようとしない。でも視線は感じているのか、顔に赤みがさしている。
俺はさらにじーっと見つめ続けた。
すると根負けしたかのように「あ、あの…!」と木野は口を開いた。
「あの、あの、そのお弁当……かわいいなって……思って……」
消え入りそうな声で呟く。長身で肩幅もしっかりしてる、がっしりとした体型をしてる上に、超ロングのスカート丈なもんだから、スケバン?と思ってしまうくらい威圧感のある風貌に相まって、実はすごく純情なのかもしれない。うーん、ギャップにちょっとドキッとしたぞ。
しかし『お弁当』というフレーズに、俺はつい数刻前の騒動を思い出して憂鬱になってしまった。
その場にいたはずの穂高は、そんなことまったく気にしていないように、にこにこしている。
そう。俺の手元にはいま弁当がある。俺が作ったやつじゃない。ましてや大気達が作ったものでもない(気持ち悪くて食えねぇよンなもん)。
それも1個や2個ではなく、7個ある。

騒動が起こったのは、4限目終了のチャイムが鳴ってからだった。


昼休み、この時を待っていたと言わんばかりに女子達が目を血走らせて俺の机の回りを取り囲んだ。
「一緒にお弁当食べましょう星野くん!」
「いえ私達と一緒に」
「朝5時に起きて作った愛情弁当なんです是非星野様に味わっていただこうと!」
「ばかね、あんたの手作りなんて食べたら胃壊すわよ身の程をわきまえなさいよ!」
「なんですってぇ!?」
(こ、怖ェ……)
遠くから眺めてる男子達が羨むどころか同情のまなざしを向けるぐらいだ。
夜天と大気は事態を予測してたのか、授業が終わった瞬間に席を立ってどこかに姿を消した。
なんて薄情な奴等だ。あとで覚えてろ。
ギャーギャー言い争う女子達に、苦笑いしながら俺は隣に座って目を丸くしていた穂高の肩をがしっと掴んでこう言った。
「ワリィ。俺今日は穂高と食う約束してんだ」
穂高はぱちぱちと目をしばたかせた。それはそうだろう。
何故なら約束などしていないからだ。

「えー!穂高くんズルイ、なんでー!?」
「そうよ男の子のくせに抜け駆けなんてサイテー!!」

今度は穂高に攻撃の矢が刺さった。可哀想に、なにも悪くない穂高は冷や汗をかいて後ずさる。
さすがに悪いと思った俺は、フォローした。
「ごめんな。教科書見せてもらった礼に、昼飯奢る約束したんだ。だから、みんなとはまた今度にさせてくれ」
「星野くんがそういうなら・・・」
しぶしぶと言った感じで、「今度は絶対だからね」と念を押すことは忘れない。
「今日は諦めるから、そのかわりこのお弁当食べてね!」

そうして、俺は労せずして大量の食料を手に入れることになった。


















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