戦士





ビンビン感じる悪意のこもった殺気を辿って、飛び出した俺達は、一直線に走ってる。
目的の場所がここから近いことに気付いて、警戒レベルをマックスに引き上げた俺達の意志に反応して、いつの間にか服装が変わっていた。
コンサートでよく使われる、ヘッドセットのついたマイクを装着して、黒のエナメルを基調とした衣装を身に纏う。衣装といっても、襟だけを切り取って、あとは水着みたいなもので胸を覆ってるだけ。肩やおなかなんか丸見えで、露出してる面積の方が圧倒的に多い。下も超ミニのショートパンツで、惜しげもなく脚をさらけ出している。
太いベルトを首につけて、同じベルトを両二の腕にもつけてる。かなりあられもない格好。
動きやすさを徹底的に極めたという感じだ。
変わったのは服装だけじゃない。さらけだされた身体のラインはまるみを帯びて、胸にもふくらみがある。陶磁器のような滑らかな肌は、女性の身体だ。
声も、顔つきも、変化している。
俺達のもうひとつの姿だ。
「近いよ。油断しないで」
「わかってる!」
ヒーラーに姿を変えた夜天の忠告に、短く返事をして、メイカーに姿を変えた大気と共に頭上の木へ飛び移った。
上から見下ろした景色はなかなか荒んでいた。
コンクリートはビーチボールくらいの大きさの鉄球を乱打したかと思うくらいにあちこちが穴だらけ。とても歩けるようなものではないだろう。わずかに上がる塵の煙が衝撃の激しさを物語っている。だけど鉄球などはどこにも見当たらない。他に凶器になりそうなものもない。
素手でこれを行なったのならば、それはもはや人間技ではなかった。
人間には、絶対に出来ない芸当だ。
(どこだ!)
気配はする。ここで間違いない。ぐるりと辺りを見回して、敵を探す。
女性の悲鳴が聞こえた。
バッ、とその方向に顔を向ける。
黒いバンを背にして顔を引きつらせた少女と、今まさに少女に攻撃を仕掛けようとしている化け物がいた。
(ファージ!)
認識したその瞬間、反射的に指先に力を込めた。青い電流がパチパチと音を立てて、スッとファージに狙いを定める。
「スターシリアスレイザー!」
光のビームが一直線に走り、化け物の咆哮が辺りに響いた。


ドォォ、と音を立ててファージと呼ばれる化け物が倒れる。レイザーの直撃をうけて、ぶすぶすと燻った音と、肉の焦げる嫌な臭いが辺りに広がった。
「あ、ありすちゃん!」
(ありす?)
襲われていた少女の焦ったような叫びに、まさか、とファージを見た。
ファージというものは、元々存在していたものじゃない。ある力の作用で、意図的に『作られる』ものだ。
犠牲者の意志など関係なしに。
「五木ありす、なのか…?」
思わず漏れた声に、ヒーラーとメイカーも目を見開いた。
まさか、見知った人間が、それもつい数分前まで普通に会話をしていた人間が、ファージにされるなんて。
あいつの視線が、どこまで逃げようとしても、常に動向を見通されてる気がして、ギリッと歯を食いしばった。
最後に見た、嘲笑って見下した瞳が記憶に焼きついて離れてくれない。
「ねぇ、あのコ、セーラー戦士なんじゃない?」
「…なんだって?」
「だってほら、武器を持ってる。それに、『力』も感じるよ」
「そうですね。一般人でないのは確実です」
(この地球のセーラー戦士…?)
ファージしか目に入らなかったせいで、少女のことにまで気が回っていなかった。ヒーラーに言われて、改めて少女を見る。
金の髪の少女は、白と青を基調としたセーラー服のような戦闘服に身を包み、ピンク色のステッキを握って、いまだ動けないファージを心配そうに見つめてた。
自分を殺そうとした、化け物を。
「…降りるぞ。とどめを指す」
そして自分たちは、木の上から飛び降りた。
とん、と重力を感じさせない着地音を耳にとめて、セーラー戦士はこちらに気付いた。
零れ落ちそうなくらいに、大きく目を見開いて、突然現れた登場人物に驚きを隠せずにいる。
「あんた、この星のセーラー戦士か?」
「え…」
話しかけられるとは思わなかったんだろう。きょとんとした顔で、「えと、あの、」と繰り返している。それに構わず、さらに問いかけた。
「ファージがどういうものか、知ってるのか?」
「ファージ……?」
「こいつのことさ」
レイザーの直撃を受けていまだ蹲ったファージを見て、「あ!」と彼女は声を上げた。
「そ、そうだよ、大変なのよ!この妖魔、今はこんな姿だけど、本当は五木ありすちゃんなんだよ!」
「知ってるよ」
「え……」
あっさりと答えたことが、逆に彼女は不審を覚えたみたいだった。
「人間をファージ化させて、スターシードを根こそぎ奪って行く。それが奴等のやり方さ」
「…もしかして、今攻撃したのって、あなたなの?」
「そうだけど」
当たり前だと、暗に言う。すると彼女は怒りをあらわにした。
「どうしてそんなことするの!?」
「どうしてって言われても…」
「だって、ありすちゃんなんだよ!?知ってて、なんで攻撃するの!?」
彼女の言いたいことは、わかる。だけど、もう、手遅れだった。
今まで、ヤツによってヒトあらざる者に変えられた人達を何人も見てきた。その終末も。
なにも出来ない悔しさに、何度も泣いた。
「…あんた、名前は」
「セーラームーンよ」
決してひくもんかと、その凛とした眼差しは語ってる。
その清廉さも。潔癖さも。羨ましくなるくらいに真っ直ぐだ。
だけど、今の自分には、滑稽にしかうつらない。
スッと、指先をあげて、標的を定めようとする動作に、彼女は敏感に反応した。
「そこをどいて。今楽にしてあげるから」
「ダメ!」
ほんの数分前までは確かに『五木ありす』だった異形の妖魔を、セーラームーンと名乗ったこの星のセーラー戦士が両手を広げて前に立ち、庇う。
五木ありす…ファージは、さっき放った一撃で立つことも出来なくなり、読めない表情のままただ座り込んでいた。これならきっと一瞬でカタがつく。けれど、今また一撃を放てばこのセーラー戦士をも巻き込んでしまう。
「あんたを傷つける気は無いんだ。怪我をしたくないなら、どいてくれないか」
「だめだよ。だって、あたしがどいたら、ありすちゃんを攻撃するんでしょう!?」
何も言わなかった。後ろにいるメイカーとヒーラーも。その沈黙を、彼女は肯定と捉えた。
ヒトがヒトであるために不可欠なスターシード。スターシードはその人自身の生き方を写したものだ。輝きが強ければ生命力に満ち溢れ、暗く翳る時は気力が失われる。
スターシードが闇色に染まるとき、理性も、記憶も、信念も、すべてが掻き消される。残るのはヤツに従わなければという本能だけだ。本能だけの生物は、もはや、ヒトとは言えない。
ファージ化された人間は、もう、ヒトではないのだ。
「……これが最後だ。そこをどいてほしい」
「ダメぇ!」
彼女は断固として、拒絶した。
(仕方がないんだ)
なにを言っても聞かない彼女に、苛つく気持ちは拭えない。
(だって、もう、あの御方はいない)
あの御方でなければファージ化した人間は救えない。
そしてファージを放っておくとどうなるか、身を以って知っている。
「そいつを放っておけば、辺り一面焼け野原にされる。そうなれば犠牲者はもっと増える。ここで食い止めるためには、そいつに消えてもらうしかない」
「そんなの絶対ダメ!ありすちゃんを殺すなんて、あたしは絶対認めない!ありすちゃんは敵じゃないもの!」
「敵さ。ファージ化した人間は、もう、元には戻らない。そいつはもう、五木ありすじゃない」
「違うよ、ありすちゃんだよ。あたしにはわかる。ありすちゃんが「助けて」って、ずっとあたしに呼びかけてるの」
セーラームーンは慈しむようにそっと胸に手を当てた。
「彼女の心はあたしと同じ人間よ。すこし姿形を変えられただけなの。だから、彼女は敵なんかじゃない」
「…たとえそうだとしても、長くは保てない。ヤツに精神を支配されて、ただ破壊だけを繰り返す化け物になってしまうんだ」
「あたしが元に戻してみせる」
凛とした声音と視線に射抜かれて、一瞬息が詰まった。
「あたしが助けてみせる。守ってみせる!誰も犠牲になんてさせない!」
彼女が叫んだと同時に、額の三日月のマークから光が光線のように放たれた。あまりの眩しさに、メイカーもヒーラーも手で目を覆う。その光はほんの一瞬で収まった。
彼女の手の中にいつの間にかロッドがあった。そのロッドを握り締めて、彼女は叫ぶ。
「スターライト・ハネムーン・セラピー・キッスッ!」
世界が真っ白に染まるほどの光が、ロッドから放たれた。その光に包まれたファージが、苦しそうに悶え、カッと目を見開いて雄叫びをあげる。灼熱の太陽を目の前にしているみたいだ。触れれば火傷してしまいそうなほどの圧倒的な光量。
そしてファージの体が完全に光に埋もれた。
その時の光景は、自分たちスターライツの度肝を抜いた。
徐々に薄れる光の中から現れたのは、ファージではなく、人間の姿をした五木ありすだった。 黒炭のようだったスターシードも、元の輝きを取り戻し、スッと音も無く体内に吸い込まれていった。
先程の喧騒が嘘みたいに、ここは静けさを取り戻した。木々が風に揺れて葉音を奏で、鳥のさえずりまで聞こえる景色は平和の象徴とすら思える。倒れた五木ありすと、戦闘服に身を包む私達さえいなければ。



「嘘でしょ……」
思わず言葉が零れたという風にヒーラーが呆然と呟いた。メイカーも口には出さなかったが、信じられないという顔をしている。
私もきっと同じ顔をしてるだろう。
(馬鹿な)
ありえない。一度失った星の輝きを復活させるなんて。熱で固めた卵を、生の状態に戻すようなものだ。それが出来たなら、まさしく奇跡の力だろう。
それをこの一見何の力も無さそうなセーラー戦士はいとも簡単にやってのけた。
「………よかったぁ…」
セーラームーンは慈愛に満ちたまなざしを、意識を失っている五木ありすに向ける。助けることが出来た満足感と、包み込むような優しさを込めて。
その表情に、一瞬だけ、プリンセスの面影を見た気がした。
「…あなた一体何者なの」
驚きを脱したヒーラーが、警戒心を隠さずそう言った。
セーラー戦士が持つ力の限度を超えている、と暗に告げている。セーラームーンはその問いに戸惑いを見せたが、意外にもしっかりとした声音で答えた。
「あたしは月を守護する戦士よ」
「月………?」
メイカーが訝しげな顔をした。太陽系のことは詳しくは知らない。私たちと同じように、ひとつの惑星にひとりずつ、守護戦士がついていると聞いたことがあるだけ
。 言われてみれば、彼女は額に月のマークを宿しているし、戦闘服にも月をあしらったデザインが多々ある。放たれるパワーも、太陽のようなすべてを焼き尽くす激しさよりは、迷わないよう夜道を照らし導く淡い月光という感じだ。
たしかに彼女は『月』に相応しい。だけど、『戦士』にしてはなんだか儚い印象を受けた。
白い手袋越しでもわかる、細く滑らかな指先は、武器を持って敵を蹴散らすなどという荒々しいこととは無縁のよう。守られて、大事にされて育ったお姫様のようだ。
「あなたたちこそ、誰?セーラー戦士…なのよね?」
戸惑いを見せながらも、警戒している様子だった。それはそうだろう。
「私たちは、セーラースターライツですよ」
メイカーが答える。
「スターライツ…?聞いたこと、ない…」
「そうでしょうね。私たちはこの星よりも、もっと遠いところから来ましたから」
「どうして」
「あなたに答える義務なんてない」
ヒーラーがバッサリと言い捨てた。
「…行こう」
思うことはたくさんあるけれど、ここに自分たちがいる理由はもう、なくなった。
他の二人に声をかけて立ち去ろうとする。
「待って!」
セーラームーンが声を上げた。
「あなたたちもセーラー戦士なら、みんなが平和に暮らせるように、星を護る使命を持っているんでしょう?だったら、一生に戦おうよ。あなたたちだって、」
「勝手なことを言わないで」
ぴしゃりと遮る。
「悪いけど、私はこの星の住人を護りに来たんじゃない。ましてやあなたと一緒に戦うつもりもさらさらない。私には私の使命がある。自分の星は、自分で護るのね」
そうして振り返ることもなく、姿を消した。



セーラームーンに言った言葉は嘘じゃない。
この地球を護るよりも優先しなければいけないことが、あった。



この時、俺は本当に、そう思ってたんだ。







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