ファーストコンタクト
「驚いたな……」
名前も年齢も知らないまったくの他人が、こうしてもう一度めぐり合う。それは一体どれほどの確率なんだろうか。
零れ落ちそうなくらい大きな瞳を目いっぱい見開いている彼女は、あの日と変わらないセーラー服姿で、額に三日月の痣がある黒猫を肩に乗せていた。
二度目の邂逅は、あの幻を見ることは無かった。
けれど、それと同じくらいの不可思議な現象は起こっている。
(なんて………輝きなんだ)
彼女の内側から、隠そうとしても隠し切れない、抑え込もうとしても溢れてくる、凄まじい銀色に輝くエナジーに、息を呑む。
それは視覚にも影響を与えていた。彼女の立つ場所が、彼女自身の輝きによって他の景色よりも数段明るくなっている。普通の人間にはおそらく見えないだろうが。
力のある者なら、一目で彼女の非凡さに気付く。
(こんな人間がいるのか、この星は)
他の惑星とは比べ物にならないくらい、生命力に溢れた奇跡の星。
『ヤツ』が最後まで手を出さなかった意味がすこしわかった気がした。
「あのー…どこかでお会いしました?」
きょとんと彼女はそう言った。耳にすっと入る心地いい声だった。
「ああ、会ってるぜ、一応な。でもま……覚えてるわけないか。一瞬だけだったし」
目を奪われたのが自分だけだったことに、すこし寂しさを覚えた。彼女はあの不思議な体験をしなかったのだろうか。
「残念だったな。俺とすれ違うなんて、一生の思い出になれたかもしれないぐらい幸運な出来事だったのに。ま、こうやってもう一回会えたわけだし?かなり運イイぜ、あんた」
「なんであなたと会えたことが、幸運ってことになるのよ」
「そりゃあ、俺が手の届かないところにいる人間だからじゃないか」
「はぁ?なに言ってんの、あんた。言ってる意味ぜんぜんわかんないわよ」
二人の話が噛み合っていないことに気付いた。
「ちょっと待った。え、まさかお前…………俺のこと知らないのか?」
まさかな、と思った。だがそれはあっさ肯定された。
「あったりまえじゃないの。なんで一度も会った事ない人のこと知っとかなきゃいけないのよ。エスパーじゃあるまいし」
その信じられない言葉に、雷の直撃を受けたような衝撃が走り抜けた。
(ば、ばかな…)
擬音で表すならばまさに『ガーン』という感じだ。思わず前のめりになって、自分の顔を指差す。
「この顔知らないのか?あるだろ、いくらなんでも一回くらい見たことあるだろ。テレビ見るだろ?雑誌読むだろ?街歩いてたらビルのポスターとか別に見ようとしなくたって目に入るだろ?ラジオ聴きながら勉強したりするだろ?いや、いい、この際「そういえばなんとなく見たことあるかもしれないわね」ぐらいで構わない。それすらも無いのか?」
「全然ない」
ふるふると首を振って、即答された。
言葉を失った俺は、ばかみたいに口を開けたまま呆けた。鳩が豆鉄砲をくらった時はきっとこんな気持ちだったに違いない。
「……お前、ドラマ収録の見物に来たんだろ」
「そうよ」
「ってことは、ドラマの内容は知ってるんだよな?」
「ううん。あたし見たことないもん。友達が、えーと、なんだっけ、カレーライスってアイドルが好きって言って、無理やり連れてこられたのよ」
「か…っ、…………スリーライツだよな?それ」
「ああ、そうそう、それそれ」
どーりで美味しそうな名前だと思った、と笑う彼女に、ものすごいやるせなさを覚えた。
そういえばこの女、さっき「ありすちゃんに会いに」とかなんとか言ってたな。
おかしいだろ。女子高生なら「スリーライツに会いに(はぁと)」って言うのが普通だろ。しかも五木ありすは一回こっきりのゲスト出演!対して俺はレギュラーかつ主役。なんだこの扱いの差は。くそ、こんなやつおだんご頭で十分だ。おだんご頭と呼んでやる。
「……俺って実はそんなに有名じゃないのかなー……」
「はぁ?なに言ってんの、あんた」
「ほんっとに、俺の顔に、見覚えないの?」
我ながらしつこいとは思いつつ、訊いてみた。
じーっと、おだんご頭は、俺の顔を見て記憶を探るように眉根を寄せる。
数秒間考えた後、ぽん、と手を叩いて、びしっと俺を指差した。
「わかったわ」
「お、やっとわかったか?」
俺は思わず身を乗り出す。
「新手のナンパね!」
もう、俺はこの女になにも期待はすまいと誓った。
「………………」
「ざーんねんでした。あたしにはね、ちゃーんと将来を誓い合った彼氏がいるのよ、彼氏が。あんたなんか及びもつかないちょーかっこいい人なんだから」
左手の薬指に嵌められた指輪が、存在を主張するようにきらりと光る。
そういえば空港で、彼女は男と腕を組んでいた。きっとそいつのことだろう。ラブラブでよろしいことで。
完全に俺をナンパ男だと認識したおだんご頭はなおも続ける。
「わかったわ。あんた、エキストラでしょ。だからそんなにしつこく自分のことを訊いてくるのね。あのねぇ、自分じゃわっかんないかもしれないけど、エキストラなんて画面にちょびっと出てるだけなのよ。それだけで自分が有名だなんて勘違いも甚だしいわよ。せめて主役やれるくらいになってから言いなさいよね、そういうことは」
色々言いたいことはあったが、ぐっと堪えた。ああ、俺ってなんて温厚なやつ。
「こんなとこで寝転がってるなんて、さては監督とかに怒られて不貞腐れてたんでしょ。なっさけないわねー。大体ねぇ、ちょっと怒られたくらいで不貞腐れるなんて根性が無いのよ、根性が。エキストラだからってちゃらちゃら手抜いてるからそういうことになるんだわ。スターになりたくて、演技やってるんでしょ?だったらどんな小さな役だって全力でやんなさいよ。ちょびっとでもテレビに映るんだから、もしかしたらどっかのお偉い人とかが「お、この子なかなかいいじゃんよし僕の作品に是非出てもらおう」とかいう展開になる可能性だってあるんだし、諦めずにコツコツとやってればどんな夢でも叶うのよ」
えーと、もしかして俺説教されてる?同い年くらいの女子高生に。しかも微妙に励まされてるなこれ。
「スターって、スリーライツみたいな?」
「そうよ。それくらいすごいスター目指しなさいよ」
「お前、スリーライツ知らないっつってたじゃん。なのにすごいってわかんの?」
「わかるわよ」
あまりにもあっさり言うものだから、拍子抜けしてしまった。すこし嫌味を込めたんだが、全然通じてないしな。
それにしても、こいつの言う「スリーライツのすごさ」に興味がある。
なんで、と尋ねると彼女は笑ってこう言った。
「だってこんなにたくさんの女の子が夢中になってんのよ。一目でも見たくて、会いたくて、ただそれだけで遠い場所からでも集まってる。それってかなりすごいことだと思うわ。それだけ人を惹きつける魅力を持ってるってことだもの。だからこそスターなのよ」
思わず赤くなった顔を、右手で覆うことで誤魔化した。
なにせ俺がそのスリーライツだなんて米粒ひとつ分も思っちゃいない女だ。嘘なんてついてないのは明白。だからこそ、気恥ずかしい。
腹の中ではなにを考えるのかわからないこの業界にいるせいで、こんなに純粋な言葉をもらうのは久しぶりだった。
「…スリーライツも、それ聞いたらきっと喜ぶよ」
その時、おだんご頭に乗ってた猫がまるで合図のように「にゃ〜」と鳴いた。
時計を見ると結構な時間が経っている。うわ、やばい。撮影どこまで進んでんだろ。
身体を起こし、ベンチから降りる。
「俺、もう戻んなきゃいけないからさ。あんた変な女だけど、面白かったよ。俺と会えただけで満足しとけ、こっから先は入ろうなんて思うんじゃないぞ」
背を向けて、手を上げた。
「じゃあな、おだんご頭」
彼女はなにか叫んでいたが、聞こえないフリをした。どうせ文句だろうからな。
現場に戻ると、大気と夜天が飲み物を手にして談笑していた。二人のシーンは撮り終わったらしい。
近付いていくと夜天が俺に気付いた。
「あー、セイヤやっと戻ってきたね」
「どこに行ってたんですか?あと5分遅かったら探しに行こうとしてたところだったんですよ、まったく」
どうやらギリギリだったらしい。「わりィわりィ」と片目を瞑って謝ると、大気はしょうがないという風にため息をついた。
そんなにため息ばっかついてちゃ幸運が逃げるぜ。まあ俺のせいなんだけどな。
「さっきあの女に纏わりつかれて、逃げ出した割には妙にご機嫌じゃん。なんかおもしろいものでも見つけたの?」
あの女?ああ、五木アリスか。夜天に言われるまですっかり忘れてた。そう言うと、夜天まで呆れた顔で俺を見た。
それくらいおだんご頭との時間は、楽しかったってことなんだろうな。
「ほんと何があったわけ?気味悪いよ」
「ナイショ。さーて、俺もいっちょ頑張るか!」
ドラマ放映を見て驚くおだんご頭の表情を想像して、知らず笑みが零れた。
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