02:再会、そして星は巡る






『動かないで!』



思わず駆け出そうとした仲の良い友人グループの数人は、その一言に反射的に足を止めた。
けれどこっちを睨む目は、「何故」と納得がいっていないという事を雄弁に語っている。
それもそのはず、僅か数メートル先で、心臓をナイフに深々と刺されて倒れている(そしておそらくはもう、息をしてはいないだろう)人物は、彼らの友達だ。
そのグループの中でも一番リーダー格の少年が、友人の変わり果てた姿に動揺を顕わにしながらも、冷静な判断力はあるらしい。声を引き攣らせながら、懸命に訴える。
『早く病院に連れて行かないと死んじまうよ!あ、あんなに深くナイフが刺さって、血だってあんなにいっぱい!』
『もう手遅れだよ』
だから無駄だ、と続けようとした俺の声は遮られた。その場にいた少女たちが甲高い悲鳴をあげたからだ。
死体を目にした瞬間は驚きのあまり声も出なかったようだが、俺と少年のやりとりで段々と思考力が戻ってきたらしい。
先程の少年が、俺に対する怒りのせいだろう。さっきまでの震えも忘れたように、はっきりと力を込めて俺に叫ぶ。
『そんなことわからないだろ!医者でもないくせに、見ただけでどうして、生きてるか死んでるかがわかるんだ!つべこべ言ってないで、そこをどいてくれ、早くあいつを病院へ連れて行ってやるんだ!』
それは、至極最もな主張と言えた。だが、それは俺達が素人だった場合にのみ通じる主張でもある。
俺の連れのひとり、シルバーブロンドに緑がかった瞳をした、顔だけは文句なしに綺麗な少年が、面倒くさそうに口を開く。
『悪いけど、僕は医師免許を持ってるんでね。だから病院につれてったって無駄だよ』
だって死んでるんだから、と暗に言う。
その投げやりな口調は、こいつの性格を知っている俺達はともかく、連中を逆撫でするのには十分なものだった。どう見ても十代の学生にしか見えない少年が医師免許を持っていると聞いても、ぴんとこない。それどころか、からかわれてるとさえ思ったようだった。
「こんな時にふざけてんじゃねぇぞ!」
「べつにふざけてなんでないんだけど」
「こいつ…!」
怒りに身を任せて、少年は俺の連れの胸倉を掴み上げ、思い切り右腕を振り上げる。
俺が静止する間もなく、それは振り下ろされ、拳が顔面を殴りつけようとしたその瞬間――― !








「カットォ!」








監督のその言葉に、ぴんと糸が張り詰めていた現場の空気が一瞬柔らかくなる。そしてたった今までいがみ合っていた少年たちが、まるで別人になったように笑顔で『お疲れ』と言い合いながら、その場を移動し、モニターをチェックしたり水分を取りにいった。


ここは、東京。十番町の中にある公園。
噴水もあれば、ちょっと小さい子がかくれんぼなんかしたら迷って出てこれなくなるんじゃないかってくらいに、敷地が広い。ちょっとした林みたいだ。
だからこそ、ドラマの撮影に使えるんだけどね。
そう、今はドラマの撮影中。『ホームズ少年のZファイル』っていう、ミステリードラマだ。
主役は俺達スリーライツで、医師資格を持つ外国帰りの天才少年役が夜天。
若手ミステリー小説家の中では一番の期待の星とされてる、小説家役を大気。
そして、運動神経は抜群だが、勉強はてんでダメ。けれど、勘の良さと洞察力で目を見張る推理力を持つ学生役が、この俺、星野光だ。
出身も職業も性格もバラバラなこの三人が、ある日殺人事件と遭遇し、仲間と協力して事件を解決していく―― 簡単にいえば、そういうストーリー。

監督のOKサインが出たのを確認して、俺達スリーライツもスタッフの下へ戻る。
スタッフが用意してくれた日焼け対策用のパラソルに逃げ込んで、夜天は右手でぱたぱたと顔を扇いだ。雪のように真っ白な肌が、暑さに火照ってピンク色に染まっている。
「この炎天下に野外ロケなんてサイテー…」
今日の最高気温は37.6度。おまけに今は太陽がちょうど真上にくる時間帯で、夜天でなくても暑さに辟易してしまう。
「仕方がないでしょう、これも仕事です。辛いのはあなただけではないのですから」
わかってるよ、と夜天は大気のお小言に投げやりに答える。涼しげな顔をしている大気だが、その首筋にはうっすらと汗が浮かんでいた。さすがの大気も、少々キツイみたいだ。
俺も、暑いのはダメ。正直、今すぐそこの噴水に飛び込んでしまいたいって気分。
「星野も、服を脱ぐなんてマネしないでくださいね。日焼けはアイドルの大敵なんですから」
今まさに脱ごうかと思って服に手をかけていた俺は、大気のあまりのタイミングの良さに苦笑いで返す。俺の行動パターンは、お見通しらしい。
「はいはい。わかったよ、出来るだけ木陰にいるようにしとくから」
「お願いしますね」
こうやって俺達の体調管理やスケジュール管理なんかもしてくれてて、大気がいなかったらスリーライツなんて三日で消えてただろうな、ほんと。
そうこうしてるうちに、現場はどんどん動いていく。次のシーン撮影の準備が出来たと、俺達と年が近い若いADが伝えにきた。
「それじゃ、いきますよ夜天」
「はーい…」
出番がある夜天と大気が立ち上がり、他の出演者と共に立ち位置につく。俺はこのシーンは出ないから、その場で水を飲みながら二人を眺めた。
「大気さんて、まるで母親みたいね」
と、横に誰か来たと思うと同時に、話しかけられた。
彼女は共演者で、別の事務所に所属してる女優。名前は確か、五木ありす。ゲスト出演という形だから、実際に逢ったのは今日が初めて。
年は同じだが、子役の頃から活躍していたという彼女は、いわゆる先輩だ。
長いストレートの茶髪に、意志の強そうなきりっとした眉。10人いれば10人ともが「美人」と言うであろう、美貌。
幼い頃からスターの道を歩み続けてきたという自負があるんだろう。つり上がり気味の目元にプライドの高さが感じられる。
「さっきからずっと見てたんだけど、ほとんどマネージャーみたい。ああいう人がメンバーにいたんじゃ、堅苦しくて嫌になるんじゃない?」
「そうでもないさ。俺達はまだまだ子供だからね、ああいうタイプも必要なんですよ」
俺は本心からそう言ったけど、彼女はそうは思わなかったらしい。「ふぅん」と意味ありげに口元を吊り上げる。
「あなたたちスリーライツって不思議ね。みんな個性も性格もバラバラなのに、よくまとまってられるなって思ってた。一体どこで知り合って結成したの?オーディションで結成したってわけでもなさそうだし」
「俺たち実は、腹違いの三人兄弟なんですよ」
「なにそれ」と彼女は笑い「兄弟全員で同じ光って名前なの?」と言いながら、俺の腕に自然な感じに腕を絡めてきた。
(おいおい)
こんなどこに記者が潜んでるかもわからない状況で、写真に撮られたら間違いなく「そういう関係」として発表されるであろう行動を取る彼女に、感心した。
この星の女は積極的だ。
「だめですよ五木さん、俺、惚れっぽいんでちょっと女の子に触られただけで好きになっちゃうんです」
だから触るな、と暗に言ったつもりだが、彼女はそれには気付かない振りをした。
「ありすでいいわよ。私、星野くんになら好かれてもいいんだけどな」
「またまた。俺じゃなかったら本気にしちゃいますよ」
お互いが微笑みながら会話をしているから、周りから見れば仲睦まじいカップルに見えるかもしれない。
しかし実際は、息もつかせぬ激しい攻防が起こっている。
ぐいぐい押してくる彼女を必死でかわす俺。見えない火花がばちばちと飛んでいる。

(まいったな)

心の中でため息をつく。本当なら彼女の目の前でやってやりたいが、流石にそれはマズイ。
影で女嫌いなんじゃないかと噂されるほど、女子供に対しても容赦のない夜天や、どんな話題を振ってもニコりともしない大気に比べて、比較的親しみやすい雰囲気を持つ俺は、こういったターゲットにされやすい。
ターゲットって言い方は変かもしれないけど、実際、俺にしてみればそんな気分。
そりゃ、本気で好かれてると思えば、こっちも本気でそれなりの対応はするさ。だけど、大抵は『話題づくり』って下心がみえみえ。五木ありすもそう。
たった一人の女性を探すために都合のいい姿として、今の姿を選んだわけだけど、こういった問題は想定してなかった。『アイドル』って立場が余計にそれを増長させてるってことも、わかってる。

あの方以外の女性に好かれても、なんとも思わない。あの方以外に触れられても、ドキリともしない。

だから正直、鬱陶しいなって思う。いつもなら笑顔でかわすくらい、出来るけど、今はこの暑さでそんな元気もなかった。 こりゃもう、逃げるしかない。
「ね、このあと予定ないなら二人でご飯食べに行かない?あたし、いいお店知ってるんだ」
「行きたいのは山々なんですけど、俺、大気にダイエットしろって言われてるんですよ。最近太っちゃって」
そう言って、するりと俺は彼女の腕の拘束から逃れて、サングラスをかけた。
「ギャラリーも多くなったし、五木さんのファンに睨まれたくないんで、俺、向こうで台本読んできますね」


その向こうには、数え切れないくらいに集まった一般人のお客さんが、俺達を見つけて指をさしていた。















この公園は本当に広い。すこし奥に入ると、木々だらけで聞こえるのは虫の鳴き声だけで、人間の喧騒はまったくない。
まるで別世界に迷い込んだみたいだ。
(疲れた)
見つけた古びた木造のベンチに、寝転がる。なんとなく、顔を隠したくて台本を顔の上に乗せて目を閉じた。
(本当に、疲れた)


星野光であることに。


同業者の女性からは狙われて。記者にも毎日のように狙われて。どこにいってもファンの女の子が騒ぎ立てて。
はっきり言って、人間不信の一歩手前だ。
俺達の歌を。声を。祈りを。願いを。この星のどこかにいるあの方に届けるには、誰よりも有名になって、誰よりも公共の電波に出られるようになって、誰よりも多くファンを作って、24時間どこでも俺達の歌が流れるようにしなければいけなかった。そのためだけに、俺達はアイドルになった。だけど。
ファンの声援は嬉しいけれど、あの方に届かなければ意味がないと、どこかで線を引いている自分がいる。

(あなたはどこにいるのですか)

俺達の声はこんなにも溢れているのに、まだ、あなたには届いていないのですか。
俺はいつまで人々を騙しつづけなければいけないのですか。

スリーライツの星野。目立ちたがり屋の星野。キザなセリフが好きな星野。
明るくて元気で、コドモっぽい星野。


俺だけど、俺じゃない。
同一人物だけれど、違うもうひとりの自分。



こんな嘘と偽りだけで作られた俺を、好きだと言ってくれるたびに、虚しさが胸を覆う。

だってこの星には、本当の俺を見てくれる人なんていないのだから。




























「―― ……さ………めだって………」
「だいじょう……………レなかったらいいん………よ」


(ん…?)


突然耳に入り込んできた話し声に、思考の海に沈んでいた意識が浮上する。
俺を呼びに来たのかとも思ったけど、聞き慣れない声に、関係者じゃないとわかった。
耳を澄ますと、人の足音がどんどん近付いてくる。不思議なことに、話し声は女性二人分なのにどう聞いても足音はひとり分だった。
「ほら、この中入っちゃえば誰にも邪魔されずに五木ありすちゃんに会えちゃったりするってことじゃない!?」
(ああ、一般人の子か)
いるんだよねー、なんとか潜り込もうとするヤツ。
いくら芸能人だって、同じ人間なのに。どうしてそこまでして会いたいのかが俺にはわからない。
それとも、芸能人は同じ「人間」じゃないってことなのかな。
(ますます人間不信になりそー…)
そうやって俺が色々頭の中で呟いている間に、彼女はロープの仕切りを越えて中へ踏み込もうとしていた。
「そっから先は関係者以外立ち入り禁止だぜ」
「ひょあ!」
彼女は俺の声にびっくりして、素っ頓狂な声を上げた。誰もいないと思ってた所に、ベンチの影から男の注意が飛んできたら俺でも驚く。
「あわわわわわわ、ご、ごめんなさいごめんなさい!いやあの、つい出来心で」
「立ち入り禁止って書いてるのに入ろうとするなんて、あんまり褒められたことじゃないぜ」
「だ、だから出来心で、ただちょっとありすちゃんに一目会えたらなぁって…!」
ものすごい勢いで「ごめんなさい」を繰り返すそれは、妙に爽やかで、注意しようと思ってた気分が削がれてしまう。元々怒るつもりなんてなかったけど。
その明るい人柄が滲み出る声に、興味が出て、俺はベンチから起き上がって相手を見た。


「お前……!」

「へ?」



黒い猫を肩に乗せて、きょとんとした瞳でこっちを見る、セーラー服の女の子。

長い金髪を、頭にふたつおだんごにしてまとめている、その風貌。間違いない。












あの日、空港ですれ違ったあの時の女が目の前に立っていた。















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