ただひとつの誓いを胸に
気が遠くなるほどの距離を流れ星と共に駆け抜けた
数え切れない犠牲と、逃げられない悪夢のような罪悪感を抱えながら、必死に涙を堪えてこの銀河の果てまでやってきた
生まれ育った星とは、文化も、生態系も、なにもかもがまるで違うこの星に隠れるようにひっそりと紛れるしかなかった俺達にはなにもなかった
この髪と、この瞳と、この容姿と、この声と―――― たったひとつの「誓い」しか持たない俺達があのお方を探し出すためには、この身のすべてを使うしか方法がなかった
飛行機を降り、搭乗口を抜けるとそこには何百人といった若い女の子で埋め尽くされていた。
夜天はサングラスをかけていてもわかるほど、一瞬にしてあからさまに不機嫌な顔つきになって、大気はさすがオトナっぽい性格なだけあって眉をひそめる程度。でもどっちもめっちゃ不機嫌。
「キャー!」という耳をつんざめくような歓声に、ずっと長く飛行機に乗ってたストレスもあって俺もかなりイライラした。
俺にしては珍しく、ね。
「……極秘で移動するって僕聞いた記憶があるんだけど?」
「奇遇ですね、私もそう聞いています」
今更そんなこと言ったって無駄なのに、夜天はわざと周囲の関係者に聞こえるようにそう呟いた。案の定、言われた当人達は冷や汗をかいて愛想笑いを浮かべる。俺くらいの子供がいてもおかしくない年齢の大人が、俺達の機嫌を取ろうとする行為に、俺はいまだに居心地の悪さを感じてしまう。
夜天と大気は、まったく気にしてないみたいだけど。
「―― 集まっちまったモンはしょうがねェじゃン。さっさと行こうぜ…ここにいると回りに迷惑がかかっちまう」
「わかってるよ、そんなことセーヤに言われなくたって」
俺達を見つけた女の子達が悲鳴のような絶叫をして今にも走り出しそうな気配に、冗談じゃなく怪我人が出そうだった。
仕方が無く、一歩を踏み出した途端、その場の空気が一気にヒートアップしたのを肌で感じると同時に、俺達のガードが一斉に緊張を帯びた。
ちょっと出かけるだけで追いかけられたり、知らない間に写真を撮られたりなんて慣れっこだけど、だからと言って毎度毎度これだけ集まられたら俺だっていい加減イヤになる。
(あの方にだけ届けばいいのに、何故、応えてくれないのですか)
本当に会いたい人には届かず、関係のない人間達は頼んでも無いのに集まってくる。なんて皮肉な話だ。
「キャ――ッ!セイヤこっち向いてェ!」
ガードマンをかいくぐって触れてくる手。数百人というファンに対して、『一応』極秘で動いていたこっちはせいぜい10人いるかいないかの少数警護。一斉に押しかけられてこっちが身動きが取れなくなるのはある意味では当然だ。
「ごめん、どいてくれないか急いでるんだよ、ちょっ、」
「キャ――ッ!!」
声を出せば、それに煽られてより一層興奮状態になる。かといって無言でいても、こっちの気を引こうとやっぱり彼女たちは声を張り上げる。
(どうしろってんだよ、くそ!)
火照った頬で叫ぶ、俺達の名。聞きたいのはそんな偽りの名じゃないんだ。
早く俺の本当の名を呼んで欲しい、早く「一緒に帰りましょう」と手を伸ばして欲しい、早く!
「道を開けてくれないか、迷惑だから…――― っ、くそ、どけよっ!!」
なにもかもが煩わしくて、思わず強引に足を進めた、その時だった。
(――― なんだ?)
俺とすれ違うようにして通り過ぎたカップルの片割れの金髪の少女に、何故か目を奪われた。
窓から射す陽に透けて輝く長い金の髪。
目に鮮やかな、白とブルーで彩られたカラフルなセーラー服。
真珠のように白い肌に
ダイアモンドのように輝くつぶらな瞳。
何の変哲も無い、どこにでもいる普通の少女だ。ちょっと可愛い顔をしているけど、誰もが振り返るってほどじゃない。芸能界ではさして珍しくもないし、もっと美人は山ほどいる。
なのに、目が離せない。
ぶつかったわけでも、視線を感じたわけでもない。本当にただすれ違っただけ。そのまま歩き続ければいいだけなのに、俺の足は縫い止められたかのように動かない。
第六感とでも言うのだろうか。頭の中で誰かがなにかを伝えるかのように、シグナルが鳴り響いている。
不可視の引力に囚われて、そのまま意識を引き摺られる――― 本気で、そう思った。
(――ッ…!な、なんだ!?)
唐突に、世界が変わった。
一瞬にして視界が暗闇に侵された。一筋の光さえも無い、世界の果てまでも続くと思うような闇の中で、俺は立っていた。
夜天も、大気もいない。それどころか、生きとし生けるものすべてがこの世界から消えたかのよう。あれだけ喧騒に包まれた空港など欠片も感じさせず、そこにはただ『無』だけがあった。
(ど、ういうことだ…?一体なにが起こった…)
世界の中心に、独り取り残されたかのような孤独に包まれ、俺は焦った。
もしかしたら『ヤツら』の攻撃なのかもしれないと、チェンジスターを握り締め、変身しようとしたその時―――
(………誰か…泣いてる………?)
本当に小さな音だったが、誰かが涙を流す声がきこえた。しかもそれは耳から捉えたんじゃない。頭の中で直接響いた感じ。
まるで、助けてくれと必死で俺にサインを届けているように。
(どこだ)
こんな状況で現れるんだ、まず普通の人間じゃないだろう。だけど、ここから抜け出す手がかりを持っている可能性も否定できない。
なにより気になるのは、何故、泣いてるのか。
(どこにいる)
目を凝らすと同時に、今までなにもなかった前方に、ぼんやりとした光が浮かび上がった。反射的に俺は、いつでも戦えるように戦闘体勢をとる。
光はぼやけていたが、だんだんと形を成していく。徐々に縮まっていき、輪郭を浮かべ、そして最終的にひとりの人間の姿が浮かび上がった。
この暗闇の中、その人物自身が光を発しているかのように、はっきりと姿が見える。
(おんな……?)
そう、それは少女だった。
触れればきっと、絹のようにやわらかいのだろうとわかる長い金の髪。
ひと目で上等な触り心地だとわかる真っ白な布に、金の刺繍が施されたドレス。その胸には、見たこともないぐらいに立派で、慈愛に満ちた輝きを放つダイアモンドのような宝石が光り輝いていた。
よく目を凝らせば、額には三日月のマークが浮かんでいた。腕には真珠のようなブレスレットをつけ、まるで、どこかの国のプリンセスのようだと思った。
少女は泣いていた。
声も出さず、ただただその瞳から涙を流し、哀しそうに両手で顔を覆って泣いていた。
まるでこの世のすべてに絶望しているみたいに。
強く抱きしめたら折れてしまいそうなくらいに細く小さな肩を震わせて、たった独りで少女は泣いていた。
俺は、張り詰めた力を抜いた。どう見ても、敵とは思えなかった。
それどころか、守ってあげなくてはならないとさえ思った。
(泣くなよ)
俺は心の中で呟いた。もしかしたら口に出ていたかもしれない。
(泣かないで。そんな、ひとりで何もかもを背負って、我慢しなくていい)
縋ろうとする手を必死で留めて泣く、そんな痛々しい彼女を見ていられなかった。
(なんでだれも君の傍にいないんだ)
胸が締め付けられるように痛かった。どう見てもかよわいただの女の子が痛ましくて、可哀相に見えて。
「泣かないで」
今度こそ、俺は声に出して彼女にそう語りかけた。
ぴく、と女は肩を弾ませて、おそるおそる両手を顔から外してゆっくりと俺を見上げた。
零れ落ちそうなくらいに大きな瞳がまっすぐに俺を見る。まばたきをする度に、目尻から涙が頬を流れ落ちた。
「あなたは誰?」とその瞳が語っていて――
視線が合ったその瞬間、全身の血が沸騰したように熱くなって、心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥った。
息も出来ないほどの突然のその衝撃に、俺は思わず胸を掴んだ。なんだこれは。一体、どうしたっていうんだ。
(ああ)
息苦しい中でも、俺は少女に囚われたかのように目が離せなかった。
お願いだから、そんな哀しい顔をしないで。
星も見えないこんな闇で、孤独を受け入れようとしないで。
なんでもするから。
君がその涙を流さないでいられるように、俺がどんな敵からも君を護ってあげるから。
だから泣かないで
おれが、ずっと君の傍にいるから ――――
「―― …ゃ、セイヤッ!」
「うわ!」
後ろから急に肩を叩かれて、慌てて振り返ると「どうしたの?」という疑問を顔いっぱいに張り付かせた夜天と大気がいた。
「ぁ…、え、あれ…?」
「なにボーっとしてんのさ。夢でも見たような顔して。なに、歩きながら寝てたわけ?まったく、とんだ呑気野郎だね」
「ゆめ…?」
きっと俺はとてもマヌケな顔をしていたと思う。二人の疑問には答えず、もう一度俺は前を向いた。
サングラスを外して見たそこには、さっきの泣いていた女ではなく、男と仲睦まじく腕を組んで歩くセーラー服の女がいた。
(幻覚…だったのか…?)
いくら目を擦っても光景は変わらない。これは間違いなく現実だ。
すると、視線を感じたのだろう、少女がちらりとこっちを見た。
視線と視線がかち合った瞬間、心臓がどくりと音を立てた。
(な――なんだよこれ)
胸がギュッと締め付けられたみたいに痛い。なんで、どうしてだ―― 俺は、はたと気付いた。
さっき感じた衝撃と同じだった。全身が熱くなって、わけもわからず俺はその場に蹲ってしまった。
「ちょ、セイヤ!?」
「大丈夫ですか星野!?」
仲間の焦った声を背後で受け取りながら、俺は、苦しくて顔を歪ませたまま、なおも少女を見つめた。
心臓が激しく警告を鳴らしているようだった。俺の魂が、なにかを伝えようと、俺の全身のすべてで訴えかけている。
『やっと見つけた』――― 魂がそう叫ぶ。
「あんたは、だれだ…?」
背後で「なに言ってんだよセイヤ」と焦った心配そうな声が聴こえたけれど、俺はその時なんにも考えられなくて。
もうとっくに彼女の姿は消えていた。
それでも俺の胸に浮かぶ疑問は静まることを知らないようで、たったひとつの言葉を繰り返す。
あんたはだれだ
あんたはだれだ
「セイヤ―――!?」
遠くで誰かが俺の仮初めの名を叫ぶのを認識しながら、俺の意識はフェードアウトしていった。
嗅ぎ慣れたキンモクセイの香りに導かれて、わたしは緑の絨毯のように草花で溢れかえった中庭に入り込んだ。
生まれたときから生きてきた場所だもの、迷うなんてあるわけもない。ほら、いつものように鈴のなるような歌声が聴こえてきた。
その声のするほうに、私はどんどん歩いていく。歌声の主は、きっと私に気付いてる。でも歌は止まない。私が危険な相手じゃないとわかっているから。
「またここにいらっしゃったんですか―― 火球プリンセス」
「うふふ、またファイターに見つかってしまいましたね」
悪戯が見つかったみたいに、プリンセスはぺろっと舌を出して私に謝った。謝るくらいなら最初から抜け出さないでほしい、とは口には出さないけれど。
これだけは言っておかなくちゃ。
「プリンセス、黙って姿を消すのはおやめください。いくら平和なこの星でも、いつ敵があなたを狙うかもわからないのです、せめて私か、ヒーラーかメイカーを付けて下さい。でないと、なんのために私達守護戦士がいるのかわからないじゃないですか」
「そうね、ごめんなさい」
プリンセス、ちっとも悪いと思っていないでしょうそれ。
はあ、と私はため息をつく。まぁ、一回言ったぐらいで改めるようなプリンセスなら私だって何度も探したりしないわよ。
それに、私はこのお方のこの笑顔に弱いのよねー。
「まあ、いいか」って気になっちゃう。いかんいかん、つい甘やかしてしまう。
「あなたもお座りなさいな。折角いいお天気なのですから、ゆっくりお話しましょう」
私にとってこのお方の命令は絶対。
だから当然、私の答えは決まってる。
「わかりました、プリンセス」
そうやって満足そうに笑うあなたが、私は大好きなんですよ。
「ねえ、ファイター。あなた『運命』って信じるかしら」
「運命…ですか?」
突然そう言われて、私はまじまじとプリンセスを見つめた。
「そう、運命」
「それは…いったいどういうことなのですか?」
「人にはね、誰でもたったひとりの『運命の人』が存在するのですよ」
「運命のひと…ですか」
私はいまいちわかっていなかった。プリンセスのいうその『運命の人』というものが、ピンとこない。
私のその想いは顔に出ていたのだろう。
「ふふ、運命の人というのはね。かけがえのない、そのひとのためならどんな不可能や困難でもクリアしてしまえるような力と勇気と希望を与えてくれる…そんな存在のことですよ。なにがあっても護りぬきたい―― そう、思える相手」
「ならば私の運命の人はあなたです、火球プリンセス」
私は即答した。プリンセスの言うことは、まさしく私にとってのプリンセスそのものだったから。
「ありがとう、ファイター」
でもね、とプリンセスは続けた。
「あなたの運命の相手は、わたくしではないのです。あなたがわたくしを護ろうとするのは、戦士に生まれたあなたにとってはそれが使命だからです。だから、あなたにはまだ出逢っていない、これから出逢う大切なひとがいるのですよ」
「大切なひと…ですか」
わからない。私にはプリンセスがすべてだから、このお方以外の人間を護るなんて想像も出来ない。
「きっと、わかるわ。わたくしの言っている意味が、あなたの運命の相手が誰かを、きっとあなたは知る日がきます」
そう言って穏やかに微笑むプリンセスは、見たこともないほど慈愛に満ちていて、私はまだ出逢っていない運命の相手とやらに、語りかける。
本当に、私にそんな相手がいるの?プリンセスの他に私が命をかけられる、そんな人が存在するのなら、私はプリンセスとあなたとどちらを護ればいいの?
悪いけど、私はきっとプリンセスを選ぶわ。だって、考えられないもの、プリンセスを選ぶのに戸惑う自分なんて想像も出来ないし、きっと躊躇を感じたその瞬間に私は自害する。
主を護ることに疑問を感じたその瞬間、私は戦士でなくなってしまうから。
「あなたの運命の人とは、どのような方なのでしょうねファイター」
それは、私も知りたいですよ、私のたったひとりのプリンセス。
鮮やかだった風景のビジョンが消えて、ぼんやりと見慣れた移動車の天井がかすんで見えた。
「…こ、…こは…?」
プリンセスがいない。たった今まで目の前で笑っていたプリンセスの姿が見えない。
「プリンセス!?」
がば、と勢いよく身を起こして、周りを見ようとした瞬間に頭がクラッとした。思わず顔をしかめて手をあてる。
「…プリンセス!!」
思うように動かない身体で、それでも俺はプリンセスを探そうと必死に叫んだ。すると。
「まぁだ寝惚けてんの?」
すぐ近くでヒーラーの声がした。
「ヒーラー…?」
「ぶゎあーか」
イテっ、いきなり殴ることねぇだろヒーラー!―― って……
「あ、あれ…?」
「ようやくお目覚めかい?せ・い・や」
「ヒー…あ、いや、夜天…」
「そう。僕は夜天。ンでこっちは?」
くい、と夜天は隣のメイカーを指差す。
「大気……」
「はい、正解。ほかに質問は?」
「ないです…」
ようやく俺は、自分が寝惚けていたことに気付いた。
眩暈がおさまって見渡すと、そこは俺たちスリーライツが移動にいつも使っているバンの中。一番前に運転席と助手席、その後ろが三人掛けになっていて、そのさらに後ろの三人掛けスペースに俺は寝かされていた。大気と夜天は俺の前のスペースにいる。
えーと…俺、たしか空港にいたんじゃなかったか…?
「まったく。空港でいきなり蹲ってワケわかんないこと呟いたと思ったら、ぶっ倒れて、起き上がったと思ったら違う名前で僕らを呼んで。医者に診てもらった方がいいんじゃないの?頭をさぁ」
ぐ、と反論を押さえ込む。悔しいが、夜天の言っていることはなにひとつ間違っていない。
でも、でもなぁ、それじゃまるで俺がアブナイやつみたいじゃねーかよ!
「プリンセスの夢を見てたんですか」
それまで黙って俺たちを見ていた大気が、口を開いた。俺をからかうでもなく、ただ冷静にこいつは疑問を口にしただけ。
「―― あーそうだよ。昔、プリンセスと二人で話していた時のこと、夢に見た」
「そうですか…」
「ねえそれってさ、プリンセスが近くにいるってことじゃない?」
夜天のこの一言に、俺と大気は夜天の顔をまじまじと見た。
夜天は嬉しそうに声を弾ませる。
「だって、これまで夢にプリンセスが出てくることなんてなかったんだよ?それが急に現れたって事は、プリンセスに近付いてる証拠じゃない?」
「考えられなくは無いですね…可能性としてはありえます」
「……」
俺は、なんとも言えなかった。たしかに夢だけをとったら、俺だってそう思っただろうな。
でも、俺の脳裏にはまだあの女の姿が焼きついている。純白のドレスに身を包み、涙を零していた彼女は、いったい誰だ?
あの幻のあとにプリンセスの夢を見たのは、果たして偶然なのか?
―――― あなたの運命の人が誰かを、きっと、あなたは知る日がくるわ
「ねえ星野、いったいどんな夢だったのさ?」
「んん?」
「そうですね。もしかしたらなにかのヒントかもしれません」
ヒント…あれは、プリンセスが俺になにかを伝えようとしていたのだろうか。
だけど、そうだとして、どうして今になってあの時の話が出てくるんだ。
とりあえず、夢の内容を教えようと、俺は口を開いた。
「お前らさ、『運命』って信じるか?」
途端、二人は本気で俺を病院に連れて行こうとした。
――――― ひとつの星の輝きが消えたことに気付いたのは、この直後である
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ついに書いてしまいました。長編星うさ話です。これは、以前ごくせんのサイトを作っていたとき連載していたやつを加筆修正して載せております。なのでもしかしたら、読んだことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。
何年も何年もあたためていたお話です。どれぐらい長くなるかは私自身予想もつかないですが、かなり長いということだけはわかります。
私の星うさのすべてを詰め込んでいます。同じ星うさ好きの方に読んでもらえると、嬉しいですv