謎の影
もうすっかり初夏の陽気になった今では夕方になっても日は高く、窓から差す光は眩しい。
教室のある校舎から渡り廊下を通って、文化部の部室棟として使われている西校舎に、俺と穂高とおだんごは歩いていた。
授業が終わってがやがやする本校舎と比べて、まだ早い時間だったこともあって西校舎はすこし静かだ。だけどもうじきここも活気づくんだと思う。
穂高が部活動が盛んな学校だと言っていただけあって、部室の数はかなりのものだ。
俺達は階段をのぼって二階に出てすぐの教室の前で立ち止まる。
『新聞部』とかかれた板があって、横のボードには校内新聞「十番タイムス」の最新号が貼ってあった。
競泳水着を着た女子がトロフィーを持って溢れんばかりの笑顔を浮かべた写真が、一面トップを独占している。
『水泳部・高橋昌子 関東大会優勝!』
大きく見出しが付けられていて、彼女のプロフィールやら今までの記録などが書かれてた。
「あ、高橋さんね。すごいよね、彼女」
「おだんご、知ってんの?」
「うちの学校にいて知らない人なんていないわよ。水泳部のエースで、いろんな大会で優勝して記録もバンバンだしてる天才水泳少女って呼ばれてるのよ。たしか隣のクラスだったと思うけど」
「へー」
俺は今度は写真をじっと眺めた。
いい目をしていると思った。自信と勝利への満足感に満ち溢れた彼女は、写真という媒体を介してもわかるくらい、力強い星の輝きを感じる。
「結構美人じゃん」
素直にそう思った。化粧っけは当たり前だけどないのが、逆に健康的で素肌の美しさを際だたせてるし、つんとした唇と切れ長の瞳が大人っぽい顔立ちに見せている。
それになによりも。大人っぽいのは顔立ちだけではない。
「おだんご、お前もおやつばっか食ってないでダイエットしろよダイエット。見ろよこの高橋さんのナイスバディーを。出るとこ出てひっこむとこひっこ・・・」
びゅん、と風を切ってカバンが俺の顔を狙って飛んできた。慌てて俺は背をそらしてそれを避ける。
目標物を失った凶器はそのまま壁に激突し、鈍い音を立てた。参考書なんて入ってない薄っぺらなカバンでも、金具とかもついてるし、当たれば結構痛い。
万が一ケガでもした場合の、大気からの説教を想像して俺は背筋がぞっとしたね。
「あっぶねぇなぁお前!俺アイドルだぞ、顔に傷がついたらどうしてくれんだよっ!」
「あんたが失礼なこと言うからでしょ、自業自得よ!そんなエッチなことしか考えられないわけ!?まったくっ」
顔を真っ赤にさせて、おだんごはプリプリと怒っていた。ほっぺを膨らますと余計に大福みたいに見える。
思わずつついてみたくなるな。
「男の子なんだから普通だろー?なぁ穂高」
「うえぇ!?」
急に話を振られて、俺らの攻防を唖然と見てた穂高は、口をぱくぱくさせた。
「ぼ、ぼくはそんなこと考えないよ!」
「穂高くんみたいないい人がそんなこと考えるわけないでしょっ」
「ばっかだなぁ、こういう人畜無害って顔してるヤツの方が、実はむっつりってのがセオリーなん」
バコン、と後頭部を殴られて俺は強制的に黙らされた。てゆか、舌を噛みそうになった。
「う、うぅ・・・ったた・・・」
頭を抱えて呻く俺を、穂高が分厚い辞書を振りかぶった姿勢のまま、冷たく見下ろしている。
氷が張ったようなひんやりとした空気を纏って、穂高はにっこりと笑った。
「廊下の真ん中で、女子へのセクハラを堂々としないでね星野」
「失礼します」
コンコンと礼儀正しくノックをし、穂高はガラリと扉をスライドさせた。
まず穂高が先頭で入り、俺、おだんごと続く。
部室の中には数人の男女がいて、みんなびっくりした顔をしていた。自惚れじゃなく、たぶん俺がいるからだろうなって思う。
みんなが俺を見てた。そりゃもう、凝視ってレベルで。
その中の一人の男子生徒が音を立てて慌ててイスから立ち上がった。
「ほ、穂高お前・・・」
「あ、部長、おはようございます。実はクラスメイトが新聞部に興味があると言ってくれたので、今回の取材に同行してもらおうと思って連れてきました。勝手にすみません」
「クラスメートって、彼、スリーライツの星野だろう!?」
はい、おっしゃるとおりです。
「よろしくお願いします」
ぺこりと会釈した俺に、部長と呼ばれた男子生徒は慌てた。
「いや、すまない、君を厭ってるわけじゃないんだ。むしろ大歓迎だよ」
確か3年生だといっていた部長らしき人物は、年上らしい優しい笑顔を向けてくれた。
うわ。
なんつーか。
「わー・・・すっごいハンサム・・・」
呆然とした感じに、おだんごが呟いた。
そう。本当にこの人を形容する言葉を一言で表すならそれ以外ないってくらい、ハンサムな男だった。
穂高のバカみたいな嘘話のせいで、女子盗撮疑惑もあってもっと陰気なイメージを持ってたから余計に眩しく感じる。
キリッとした眉と、シャープな顎のラインがすごく凛々しい。澄んだ瞳も、人の良さが滲み出てる。
夜天みたいな王子様タイプじゃなくて、どっちかというと、正義感溢れる若武者って感じだ。時代劇俳優によくいるタイプの顔立ちって言うのかな。
男気溢れる雰囲気に、後輩にも慕われてるんだろうなって思う。
おだんごはまだ部長にぽーっとしているので、ぺしっと頭を叩いた。
「もう、なにすんのよ」
「べつにぃー」
みっともなく口を開けて見惚れてるからだ。
そんな俺達の様子を見て、部長はクスっと笑った。
「はじめまして。部長の御崎洸一(みさきこういち)だ。さっきも言ったけど、新聞部は君達を歓迎するよ」
「あ、そうそう。コイツも一緒に取材混ぜてもらっていいですよね?」
おだんごの肩に手を置いた俺から、おだんごに視線を動かして御崎部長は「もちろん」と頷いた。
「スリーライツが転入してきたって言うものだから、我々も取材させてもらおうと思っていたんだ。まさか君達の方から出向いてくれるなんて思わなかった」
あとでインタビューさせてほしいとの申し出に、「いいですよ」と俺は快く返事。俺の方こそ邪魔させてもらうんだしこのくらいはね。
他のメンバーのことまでは責任持てないけど。
「それでは、会議を始めます」
御崎部長が壇上に立って会議が始まった。
「今回の取材対象は、ズバリ『女子更衣室の怪現象』だ。知ってるものもいるかと思うが、順を追って説明していく。まず、第一の事件だ」
整った顔がシリアスな表情を作り、しゃべり方もなんだか芝居がかって物々しい。でもそれがこの上なく似合ってる。
「今日からちょうど1週間前だ。バレー部の女子が部活を終えて、着替えて外に出たところ、忘れ物に気づいた一人の部員が更衣室に戻った。すると、部屋の中は見るも無惨な状態で荒らされていたらしい。棚は倒れて、備品は散乱。足の踏み場もなかったようだ」
それって・・・ただのイタズラじゃないのか?
たぶん、おだんごも同じことを思ったんだろう。二人で顔を見合わせた。
御崎部長は、そんな疑問も想定内だったようで、話を続ける。
「学校関係者も、報告は受けたが皆がイタズラだと断定し、朝会で注意するだけでとどまっていた。だがこれが、この日から毎日続くことになる。毎日だ」
うーん、それはかなりウザい。
いたずらにしても、随分タチが悪い。
「時間はまちまちだが、誰もいない瞬間に行為を行っている。犯人は未だ不明で、容疑者の見当もついていない」
「それって、誰かが張り付いて見張ってたら見つかるんじゃないんですか?」
俺は、誰もが考えることを言ってみた。
パチンと指を鳴らし、「それだよ」と御崎部長は頷いた。
いちいち芝居がかった仕草をする人だな。
「当然、教師は交代で見張りをした。だけど、目撃情報はひとつも出なかった。それどころか、更衣室荒らしはますます酷くなっていった。最初は中が乱されてるレベルだったのが、壁にヒビが入れられたり、窓ガラスが突然割れたりしたんだ。危うく外を歩いていた生徒がケガをするところだった」
「目撃情報が出ないって・・・だって、ガラスが割れたりだとか、そんなの真夜中でもない限り誰にも見られずに出来るわけないですよ」
彼はそれには答えず、「これを見て欲しい」と言って、一枚の写真を取り出した。
俺達は、顔を近づけてソレを見る。
「なんだ、これ・・・」
割れたガラスの向こう側。
光る二つの眼を持った、真っ黒の影がそこに写り込んでいた。
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